東京都新宿区歌舞伎町にある新宿区役所の中に図書館があります。正式には新宿区立中央図書館区役所内分室と言うそうです。市役所庁舎の1階にある一室です。
この図書館の分室には、新宿区の行政資料、雑誌、新聞、レファレンス用の事典類の棚、検索用のパソコン端末、コピー機もちゃんと置いてあります。しかしながら、この分室はどちらかと言うと図書館の一種と言うよりは、市区町村の庁舎に良くある行政資料コーナーと言った方が実態を良く表しています。パーテーションで一部を区切った一角に区民相談コーナーも併設しています。実際のところ行政資料以外の図書はほとんど置いていませんし、図書館と言っても他の新宿区立図書館から図書の取り寄せは出来ません(もっともかつては他館からの取り寄せをやっていたそうです)。ですがそれでも、ここは正真正銘の「図書館」と言うことになっています。
コピーサービスの案内のところにわざわざ
「※当館(区政情報センター)は中央図書館区役所内分室として位置付けられています。」
と強調しているほどです。それは、どうしてかと言うと、ご存知の通り歌舞伎町は全国でも有数の歓楽街ですが、あまりにも増えすぎた風俗営業(註1)や性風俗関連特殊営業(註2)の店を規制するための苦肉の策として必要だったからです(特に問題なのは後者の性風俗関連特殊営業でしょう)。
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(註3)(以下、風適法)でこれらの営業を規制していて、風適法の定める基準に適合しないと営業許可が下りません。色々規制があってここでは全部説明できませんが、青少年の健全育成にとって特に有害と言うことで、有店舗性風俗関連特殊営業は、学校、図書館、児童福祉施設などの施設の周囲200mの区域内では営業を禁じられているのです。
と言うことで、区役所内に図書館を置くことで、その周辺は規制区域にすることができます。ただし図書館設置以前から営業していた店舗は既得権があるため引き続き営業できます。ここで図書館と言うのは何でも良い訳ではなく、図書館法(註4)に基づいて設置されたものを言います。一般的な常識から考えれば、あれを図書館と言うには無理がある気がしますが、あくまでも図書館法の適用を受ける「図書館」となっている訳です。
また、ここの利用者は資料の性質上、分別があって自己責任が負えるであろう大人の人がほとんどの様な気がしますので、純粋な行政法上の議論や風適法の「少年の健全育成」の趣旨からすると、やはり「脱法的」な施設によって営業の自由を過度に規制するのは問題だと言う批判も出てきそうな気もしないでもありません。
しかしながら営業規制への疑義がある一方で、現実的な問題として一般区民が日常生活の用事で区役所に訪れることは良くある事で、この際に特に性風俗関連の営業が近くにあって不愉快になる方も多くて、何とかしてほしいと言う声が出るだろうことは容易に想像できます。行政当局としても苦肉の策でも何でもやらざる負えないと言うのは十分に理解できます。
(おわり)
近藤巧器行政書士事務所 埼玉県朝霞市
平成18年3月14日公開
註1 風俗営業 主にキャバレー、ナイトクラブなど客を歓待する飲食店や、ぱちんこ店など射幸心をあおる恐れのある遊戯店など、1号〜8号まで分類されている営業のことで、公安委員会の許可が必要。
註2 性風俗関連特殊営業 店舗型性風俗特殊営業、無店舗型性風俗特殊営業、映像送信型性風俗特殊営業、店舗型電話異性紹介営業及び無店舗型電話異性紹介営業を言う。公安委員会への届出(実質的には許可)が必要。
註3 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律 この法律は、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び性風俗関連特殊営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。(第1条)
註4 「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設で、地方公共団体、日本赤十字社又は民法第34条の法人が設置するものをいう。ただし学校に附属する図書館又は図書室を除く。(図書館法第2条1項)
注意 この文章には私的見解を含み、行政機関のそれとは異なる場合があります。また個別のケースによって事情が異なります。この文章を参考にした行動の結果は保証出来ませんので、自己責任でお願いいたします。
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都市社会学者による風俗営業取締りに関する近現代史で、この図書館のことも触れられている。